<第10話>クィーンズ・タウンヘ(その2) 
Farewell party in Queenstown お別れパーティ
パインウッド・ロッジに投宿; 宿泊棟は小高い丘の斜面に在った(十数棟が並んでいた)。(私達は)疲れて痛い脚を引きずりながら、この坂を上った・・・重いザックとスーツケースを引っ張りながら。この旅は、最後まで楽させてくれな〜い!なんでこんな坂の上に宿舎があるんだよ〜? 宿選びを他人任せにすると、ろくな事がない。ところでこの宿舎、ロッジと言えば聞こえがいいが、とにかく狭かった!ドアを開けたら二段ベッドにぶつかるくらい。荷物を置く場所も無い。 因みに宿賃は2人で$50(3500円)だから文句は言えないが。

日本食レストラン「南十字星」でお別れパーティ;
荷物を宿舎に置いたあと、6人全員が集まった。最後の晩餐会の料理は、にぎり寿司、鶏の照り焼き、天ぷら、ジンジャーラムだった。先ずは生ビールで乾杯ということに。 ところで、めでたく日本食にありつくまでには、ちょっとした裏話があった。それはフレッドが、イタリアン・ピザに、かなりこだわっていたのだ・・・従って意見が二分した。こういう時はどうしたらいいのか?食い物の恨みは恐いというから・・・。そこでトキが言ったのは・・・「全員(6人)に奢ります!」・・・だった。それで日本食ということに決定したのだった。

仲間達は皆、本当に満足そうだった。それにしても、トキの英語力、交渉力は凄い・・・こういう楽しい場の雰囲気を作れるのだから。食べた。飲んだ。そして笑った。10日間のいろんな場面を思い出して、腹一杯笑った。ルースは昔、日本にいたことがあるだけにマグロのにぎりが大好きだった。上手に箸をあやつる。フレッドはジンジャーラムと寿司をパクついている、先程まで、あれだけピザにこだわっていたのに・・・。エンマも器用に箸を使って食べていた。ジョアンは珍しく静かだ。疲れが出てきたのかな?それとも・・・。

不思議な話だが、私達は最後まで、それぞれを苗字(Family name)で呼ぶことは無かった。だから、私は未だに、フレッド、ルース、ジョアン、エンマしか知らない。それで何の不自由も無かった。

いよいよ別れの時が来た。有り難う同志達。さようなら。わずか10日間の付き合いだったが、それよりもず〜っと長く感じる。もう2度と会うことはないだろう・・・お互いに
かたくハグ(hug)抱き合う。そして、皆は、それぞれの宿舎に散って行った。

もう一仕事;宿舎に帰ったら溜まりに溜まった衣類の洗濯だ。トキの足はかなりダメージ゙があるみたい。何となく歩く様子が変だった。別棟のシャワールームで一浴びした後、トキの脚を見ると、異常に腫れ上がっていた。サロンパスで湿布してみる・・・脚の酷使の結果である。痛くて力がまるで入らない・・と言う。捻挫?かもと疑ってみたが、両脚ともだ。それに足の指には何カ所か血豆が水ぶくれになっており、今にも破れそう・・・。よくまあ〜こんな状態で頑張ってきたもんだ。さらにサンドフライの傷痕があちこち赤く腫れ上がって・・・。富山産の売薬「ムヒ」を塗り込む。現地の薬より、意外に、この軟膏の方が、かゆみ止めに効果があった。

感想;今回の旅は、ミディアム(中級)のトレッキングと書いてあったが、現実には、もっとハードなものだった。沢渡りや岩登りなどが、ふんだんに織り込まれていて、どちらかと言えば、若者たち対象のサファリー(冒険)旅行だったと言える。事前に、パンフレットを、もっと丁寧に読んでいれば良かった・・・十分な下調べもしないで参加したことが、悔やまれる。シニアであれば尚更、念には念を入れて調べるべきだったと反省する。
    (完)

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